ザプロフェッショナル 萩本欽一

昨晩 NHK の ザプロフェッショナルで 萩本欽一の番組を視聴した。 大学を中退して、 あと2年間しか笑いの仕事に集中できないと言う。
番組ではテレビの収録本番前に、 やばいと言って座り込み、 水分補給と酸素吸入を受ける 欽ちゃんの姿が映し出されていた。 その姿は最近しばしば、 夕方に貧血状態になり ちょっと仕事が辛くなる自分の姿と重なった。
おそらく欽ちゃんは何かしらの病気を医師から宣告され、 お笑いの活動できるのはあと2年と言われているのだろう。 ただ命があるだけでは意味がない。 生きるための命だから活動しなくなったらもうおしまいというような、 切羽詰まった迫力が感じられた。
私も今の体調では 何もすることがないと 永遠に寝てしまい、 朝起きることができないに違いない。 働くでもいい何でもいい、 自分を動かしていくものをこれからの 人生、 準備しなければと考えた。

娘の運転

二十歳の娘が ここでようやく免許センターへ行き、 免許証を取って来た。 昨日車の運転の練習ということで、 南房総方面へと出かけた。
まずは16号線の直進を、 ひたすら真っ直ぐ走ってもらった。 ゆるい右カーブ左カーブ には 多少戸惑いながらハンドルを切っていたが、 まあまあ上手な方だろう。
次は鴨川市の みんなみの里道の駅から、 シロナガスクジラ骨格標本がある 和田の道の駅まで 運転してもらった。 道幅もやや狭く 対向車が恐そうだったが、 これも無事到着することができた。
われわれ夫婦も あと10年もすれば 免許返納となるかもしれない。 若い人に頑張ってもらうしかないだろう。
順調にいけば、この子もあと2年で社会人になる。 われわれ夫婦の老後もいよいよ目の前に迫ってきた。 これからも山あり谷ありいろいろあるだろうが 一つ一つの出来事に感謝を忘れず、 毎日1日1日を重ねていきたいものだ。

今年2回目の雪

shishamooのブログ、まだ生きていた!
朝から突然の豪雪に千葉県は見舞われ、
51号へと向かう道はどれも大渋滞で、
全く身動きが取れず直接現場へ向かう。

今週、来週締め切りが重なり、
(シンポジウム原稿提出、カルテ送信、長男追試)
こんなことしていちゃいけないのわかっていながら、
ついついやってしまうのだよ〜ん。

新しい携帯で日記を書く

息子に壊された携帯の代わりに買った新しい携帯で、今まで登録していたブックマークを呼び出すと、どれもみんなキレイに見えるではありませんか!
後で湿潤療法でやってみた、ロバの足首の縛創の写真をアップします。

ここ数日寒くて寒くて・・・・・、明日から晴れそう

現役最高齢の日本航空の機長の話。
「人間にはいろんな年齢がある。戸籍年齢、精神年齢、ホルモン年齢、血管年齢、骨年齢、などなど。あの人は実際の年より老けて見える、なんていうのは、これら年齢の総合的な結果によるものだと思う。しかし、このうち自分ではコントロールできないのは、戸籍年齢だけで、あとのものは自分の努力でほとんどコントロール可能と考えていい。」
ジャンボ機長の危機管理と健康管理と題したポッドキャストでの内容だが、これができる人は長く空を飛んでいられるのだろう。同じ診療所に私とほぼ同年代の同僚がいるのだが、若い!(私が異様に老けているとも言えるのだが・・・・・)
それと、この間小学校の娘の担任の先生と家庭訪問の時、お会いした。もう定年を迎えるというのだから60歳近いはずなのだが、その年にはとても見えない、お若く見える。穏やかそうな、とてもにこやかな男性の先生で、小学校で先生をやるのが好きで好きでたまらないというような感じに受け取った。それなりのご苦労や努力はもちろんあるのだろうが、自分の天職に巡り会えた人は、年をとらないのかなあ、なんて漠然と考えてしまった。
人それぞれ年の取り方は違うのだろうが、いずれにせようまく自分の年齢とつきあっていくしかない、無理せず背伸びせず、というところだろうか。

今日は暑くて体脂肪が溶けだしそうと言った人がいたが・・・・・

高校生の息子が学校で卓球を始める。初心者だ。今日、初めて新しく買ったラケットを持って部活に出たらしい。素振りを家でするように、先輩に言われたのだろう。寝る前に玄関で練習する。
私も実は高校時代卓球部だった。もうラケットがどこかへいってしまったので、うちわをラケット代わりに持って、新品のラケットを持った息子と交互に10まで数えながら素振りをやる。懐かしい。
私の高校はそんなに強くなかったし、その中でも私は上手でなかったが、高校時代の部活はやはり今でもインパクトが残っている。これは誰でも共通な思いだろう。
初めて合宿というものに参加したし、先輩後輩という独特な関係を経験したのも、やはり高校の部活である。
当時歩きで高校に通っていた同じ卓球部の2人の友達といつも帰り道、買い食いしつつ、だらだらと連れだってだべりながら帰った。あんな濃い密な人間関係なんて、大人になった今では、とうてい考えられない。同じ釜の飯を食った仲、運命共同体みたいなところがあったように思う。